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東京地方裁判所 平成3年(タ)518号 判決

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

福田耕治

被告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

三枝三重子

三吉尚子

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  原告と被告との間の長男甲野一郎(昭和五六年六月九日生)及び次男甲野二郎(昭和六〇年一二月二二日生)の親権者を原告と定める。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

主文と同旨

第二事案の概要及び当事者の主張

一事案の概要(婚姻から本件提訴に至るまでの事情、以下「本件事情1、2」という。)

1  原告と被告は、昭和四七年ころ知り合って、昭和五四年四月一日に結婚式を挙げ同年六月九日婚姻の届け出をし、二人の間には、昭和五六年六月九日長男一郎が、昭和六〇年一二月二二日次男二郎が生まれた。

2  原告は、結婚前から看護婦及び助産婦の資格を有し、日本赤十字病院医療センターに勤務してきた。

3  被告は、結婚当時、東京相互銀行に勤務していたが、その後転職し、昭和六一年一〇月脳動脈奇出血(くも膜下出血)の病いに倒れ、現在、被告の両親のもとでリハビリテーション治療の傍ら社会復帰の訓練を続けている。

4  原、被告間において、原告が被告に無断で離婚届(昭和六二年二月二〇日付)を提出したことを原因とする離婚無効確認等請求事件(以下「離婚無効事件」という。)が東京地方裁判所に提起され、原審、控訴審いずれも原告敗訴という結果で平成二年確定し、原告は確定判決に従って被告に三七九万二〇一二円を支払った。

5  被告は、右離婚届の偽造について、原告を東京地方検察庁に有印私文書偽造・同行使罪で刑事告訴(以下「告訴1」という。)したところ、不起訴処分となり、これを不服とする被告は、更に、検察審査会に審査申立を行ったが、検察審査会も不起訴相当の処分をした。

6  更に、被告は、原告を保護責任者遺棄罪で東京地方検察庁に告訴した(以下「告訴2」という。)。

二原告の主張

1  離婚請求について

被告は、離婚無効事件で原告から慰謝料及びその遅延損害金の支払いを受けながら、その直後に原告を刑事告訴したり、離婚調停不調後に保護責任者遺棄を原因とする再度の刑事告訴をするなど、原告に対するこのような仕打ちは、将来共同生活をしていこうとする妻に対するものではなく、憎悪に満ちた敵対者に対するものであって、婚姻生活を継続させることのできない重大な事由に当たるものというべきで、原告と被告との間の結婚は破綻して回復の望みもない状態にあるということができる。

2  親権者の指定について

長男一郎及び次男二郎の親権者は原告と定めるのが相当である。

三被告の主張

1  離婚請求について

(一) 被告が原告を刑事告訴したのは、離婚無効事件確定後も原告と将来について話し合いができなかったために、その機会を持とうとしてやむを得ず取った手段であり、被告の真意は、原告や子供たちとの家庭の回復を願ってのものであって、原告と被告の関係も回復不能なほど破綻していない。被告としては、くも膜下出血後のリハビリを続けており順調に社会復帰するためにも妻や子供との一緒の生活を必要としている。

(二) 原告は、被告が倒れた直後に離婚届けを偽造して提出したり、被告に移転先を知らせないなどして現在までその居場所を明らかにしておらず、これらの一連の行為は、被告に対する悪意の遺棄に該当し、仮に、二人の間が破綻していたとしても、その原因は主に原告の側に存するものである。

夫婦は、互いに協力扶助義務があり、配偶者に対する保護義務があるにもかかわらず、その義務を放棄して闘病中の被告を捨て、別居により婚姻が破綻したと主張することは、公正と正義に反し許されないものである。

2  親権者の指定については争う。

第三当裁判所の判断

一離婚請求について

1  原告と被告が結婚し、二人の子らが出生したこと、被告がくも膜下出血で倒れたこと、原告が離婚無効事件で敗訴し、その結果、原告が被告に慰謝料三七九万二〇一二円を支払ったこと及び被告が告訴1、2をしたこと等の事情1ないし6の事実は、いずれも〈書証番号略〉、原告及び被告の各本人尋問の結果により明らかである。

2 そこで、離婚届原因の有無について検討するに、被告が告訴1、2をしたことは、いかなる理由があるにせよ、原告との共同生活を営んでいくためにはプラスとなる要因でないことは明らかである。離婚無効事件そのものは、確定判決の事実によれば、被告がくも膜下出血で倒れた直後に原告が被告に無断で手続をしたものとして原告の責められることは明らかであるとしても、原告は上告もしないで判決を確定させて、被告に判決認容の慰謝料を支払い民事責任を果たしているのであるから、被告が原告及び子供らとの一緒の生活を真摯に回復したいのであるならば、先ず、原告の過去の行為の全てを宥恕することから始めるべきであったにもかかわらず、それとは全く逆の方向に原告を追いやることとなる刑事告訴という手段に訴えてしまったことは、いかなる弁解をもってしても、配偶者に対する行為としては理解することのできない不可解な行為というほかない。それのみならず、告訴の結果が不起訴処分となったことを不服として検察検査会に審査請求をするに至っては、いかなる意味においても、かかる行為が原告との会話を求めてのやむを得ないというものではなく、その域を著しく超えていることは明らかであって、もはや、かかる状態にある原告と被告は、愛情と協調の関係にあるべき夫婦の像とは掛け離れた憎悪の坩堝と化した状態にあり、二人の婚姻は、継続することが不可能なほどに破綻した状態にあると判断するほかない。

3 被告は、原告の離婚請求は有責者による離婚請求であるから許されないと主張する。

しかし、原告が被告に無断で離婚届けを提出したことが有印私文書偽造及びその行使の罪にあたり告訴の要件を充たしていたとしても、被告は、離婚の無効が民事裁判で確定したことにより、原告との婚姻関係を手続き的に回復して何ら支障がなくなった(慰謝料までも受領して精神的損害も慰謝された)のであるから、残された道は原告の過去の行為を宥恕して温かい家庭を築くことに自ら努力するとともに、原告にもそのように働き掛けることであって、追い打ちをかけて原告に刑事責任を求めることではないはずである。にもかかわらず、原告から遅延損害金を含めた慰謝料の支払いを受けたうえに、原告を刑事告訴するということは、被告としては、原告を配偶者として認めないことを宣言したも同然のことである。配偶者を刑事告訴する以上は、配偶者を離婚したうえで行うのが常識であって、配偶者を刑事告訴しながら他方で婚姻関係を維持するなどということは常軌を逸した行為というほかなく、理由の如何を問わず、婚姻を継続しがたい重大な事由があるものとして、告訴された配偶者からの離婚の請求については、特別の事情がないかぎり、有責の有無に関係なく離婚を認めるのが相当である。

なお、被告は、原告が被告に居所を明らかにしないことが悪意の遺棄にあたると主張するが、そのような事情は認められない。

4  そこで、特別事情の有無について以下検討する。

被告がくも膜下出血により現在リハビリ治療を続け通常人としての社会性活ができないことは明らかであり(被告本人尋問の結果)、その点からみると、看護婦の職にある原告(前示認定)に対し、いわゆる夫婦協力義務の履行として被告が社会復帰するまで被告を介助するのが適切であって、いま被告との離婚を認めるべきでないといえなくもないが、被告の訴訟1、2において明らかなように、被告には原告に対する寛容の気持ちが全く窺われないばかりか、家庭裁判所での調停手続きにおける被告の行為及び本件訴訟での行動から見て原告に対する感情はもはや憎しみ以外のなにものでもなく、原告から愛情を持って接してもらうことを被告自らが拒否しているのである(弁論の全趣旨)から、原告が看護婦という職にあり被告を介護するのに適しているからといって、原告に被告の介護を期待することは実際上困難であり、他方、幸い被告には健在の両親がいて介護も期待できるのである(〈書証番号略〉)から、被告の社会復帰にどうしても原告の介助が必要不可欠であるとは解されず、原告と被告の間には離婚を許されない特別の事情は見当たらないものというべきである。

5  以上により、原告と被告の婚姻関係には継続しがたい重大な事由があると判断するのが相当であり、原告の請求は理由がある。

二親権者の指定について

長男一郎及び次男二郎の年齢及び原告の置かれた環境と被告の生活環境(原、被告各本人尋問の結果)を比較考量したとき、現在の親権者としては原告が適正であることが明白であるから、原告を長男一郎及び次男二郎の親権者と指定することとする。

(裁判官澤田三知夫)

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